一対の鹿の像が立つ マンドラキ港の出入り口 BC3C リンドスのカレス(サンマルコ寺院の馬像を建造したリュシッポスの弟子)により  ディアドコイ戦争の勝利を記念して  「ヘリオス(太陽神)の巨象」(世界七不思議の一つ)が建てられていたとされる場所  対岸は 聖ニコラス要塞      ロードス  12/10/2016 

マンドラキ港

エヴァンゲリモス教会

ナバリノウ門 城壁には5つの門がある

エレフテリアス門  これより旧市街

アルナルド門


マリン門

イポクラトゥス広場    中央にカステラニア噴水   上にはマリン 門が見える   ここは旧市街観光の中心

カステラニア噴水  

アンボイス門

イポトン通りの " アフロディーテ "   ストリートパフォーマー

広い幅の空堀 (当時の大砲の飛距離を考慮)

考古学博物館 ロードスのアフロディーテ像がある

イポトン通り ( 騎士団通り ) かって両側に国別の騎士団の館(住居)があった


騎士団長の宮殿 胸間城壁も備える堅牢な造り  1520年ここに「ロードス島攻防記」のアントニオ・デル・カレットも ときの騎士団長フィリップ・ド・リラダンに着任の挨拶に来たのだ リラダンは1480年のオスマン帝国の攻勢を耐えしのいだ経験をもっていた

宮殿の中庭 回廊のアーチとオープンの石段   アントニオが騎士オルシーニと初めて出会ったところ

中庭の回廊


騎士団長の宮殿の窓から見えるマンドラキ港(中世は軍港) とセント・ニコラス要塞

戒律の厳しさを感じる椅子


ラオコーンの群像 ヴァチカンの同名像(1506年発見)はギリシャ彫刻の模倣と言われるが  古代ローマのプリニウスはロードス島のアゲサンドロス、アテノドロス、ポリュドロスの3人の彫刻であると「博物誌」で言っている ではこのロードスのラオコーンは一体だれの作なのでしょうか ? 

静謐な雰囲気の漂う館内

階段の吹き抜け部


クロックタワー

スレイマンモスク


観光客で賑わう 「ソクラデス通り」    上がりきるとスレイマンモスク  (スレイマン大帝1522年ロードス島攻略)

エヴレオン広場とタツノオトシゴの噴水

ポート門    左にはブーゲンビリアの花がさいている 因みにかってはバラの花が咲き乱れたから ロードスと名がついたようです 門からは聖ニコラス要塞が見える

イルカは平和の象徴  ロードスに平和が続きますように アディオ!        12/10/2016

本日のクルーズ船のナイトショー



クノッソス宮殿を発掘・発見したアーサー・エバンスの胸像 シュリーマンと出会いは大きな刺激になる  1900年発掘開始 遺跡は約BC1700頃のもの

エヴァンスはクレタ島の青銅器時代(BC2600~BC1100年)をミノス王に因み 「ミノア時代」と名付けた     イクラリオン   クレタ 13/10/2016


 ギリシャ神話ではクレタのミノス王はフェニキアの王女エウロペとゼウスとの子で ポセイドンから自分への生贄の奉納用にもらった牛を殺さなかったので ポセイドンに王の妻がその牛と交わり怪物ミノタウロスをうまされた 王はダイダロスに命じ迷宮をこしらえミノタウロスを閉じ込めた  王はアテナから9年ごとに若い男女7人ずつをミノタウロスの餌食として献上させた・・・ あとはテセウス、アリアドネの話です

 神話が教えてくれることは 当時牛を神聖視していたこと、王は人間性と神性を併せ持ったこと(両刃の斧ラブリスが象徴)、クレタは宮殿(両刃の斧の家ラビュリントス)を建設できるほどの富があり、アテネに貢物をさせる程の力もあったということなのでしょうか

「献上行列」  リュトンを運ぶ若者  想像復元


「祭司ー王」の座 聖獣スフィンクスに脇侍されている

王妃の間  想像復元  

 このフレスコ画は海を描いた作品の部分で  海を表現した色が変わる背景のうえを泳ぐ  小さな魚の間に描かれている                     BC16~BC15C期にクノッソス宮殿の女王の間の壁又は床を飾っていた

 

北入口「見張りの場」

ミノワ時代の円柱は上が太く下が細い


ただの階段と思うなかれ! ここはクノッソス 宮殿の「劇場」で ギリシャ劇場の原型とも言えます

蛇女神の像 (象牙製)右はひだのあるロングスカートの上に前掛けをして胸をあらわにした宮廷衣装             (クレタ)考古学博物館  

王家のゲーム盤  BC16C 


アギア・トリアダの石棺 4面にフレスコ画

黄金の双斧(ラブリス)    


蜜蜂のペンダント   金細工                BC1700年頃

粘土製の円盤 BC16C頃 未解読の象形文字


「パリジェンヌ」 復元部が少ないフレスコ画   BC15C

「祭司ー王」または「ユリの」王子  浮彫壁画


「雄牛飛び」のフレスコ画

「青の婦人たち」青色を背景とするフレスコ画         考古学博物館   イラクリオン クレタ   13/10/2016        


サントリーニ(ティラ)島  エーゲ海のブルー色に染まりそうな島 13/10/2016

海面300mの断崖の上にひしめくフィラの町と下のアティニオス港からのテンダーボート

南西端の岬

島の内(南)側 BC1500頃 史上最大の噴火があり現在の三日月の形になった  その後1956年大地震があり町の大部分は崩壊し 現在の建物はほとんど再建されたもの

広場の教会 


青色のドーム屋根の教会 と エーゲ海                                      イア   サントリーニ島   ギリシャ  13/10/2016   

夕日に染まるイアの町 島の最北端にあり夕日の景色が売物  イア   サントリーニ     13/10/2016

下に  イア要塞(展望所)  と 対岸のティラシア島

日没の瞬間を待つたくさんの観光客


家並みの隙間のピクチャーウィンドウ

狭い通りにはおしゃれな店も多い

イア     サントリーニ   13/10/2016



 何の変哲もない港の風景だが  わずかに残る左の石垣部分は  「サラミスの英雄」テミスト

クレスが  ペルシャに攻められてアテネから市民を疎開させたときの反省から  アテネと軍港ピレウス間7.5kmを幹線道路で結び 城壁で囲って一体化させたときの城壁の一部なのです  時はBC478年の着工   一時スパルタの抗議はあったものの BC477年のデロス同盟結成には集団防衛と経済圏の確立の意味でプラスに働いたのではないでしょうか BC404アテネが敗北しペロポネソス戦争が終結したとき この長壁は2kmを残し破壊されたという 詳しくは塩野氏の「ギリシャ人の物語Ⅰ・Ⅱ」をお読みください ピレウス港近く(バス内から撮影)14/10/2016

ゼウス神殿  BC2Cに着工するもAD2Cハドリアヌス帝の時代に完成                      アテネ   14/10/2016

 [レトロ]   long time ago

当時は朝の開場と夕方の閉場時に 国旗の上げ下ろしのパフォーマンスのために 木靴を履いた民族衣装の兵隊が麓からやってきました いまも続けているのでしょうか 

 [レトロ]    long time ago


イロド・アティコス音楽堂

パルテノン神殿のプロピュライア(神殿入口の門)


パルテノン神殿      ペルシャ戦役で破壊された後 ペリクレスがストラテゴスの施政下 フェィディアス指揮のもとBC438年にドーリア式で完成

 ペディメントの中にあったフリーズは大英博物館にエルギン・マーブルと呼ばれて展示されている 

1898年テネシー州ナッシュビルの万博で実物大のレプリカが建てられた 因みにアメリカには「アテネ」の地名は20位あり  ナッシュビルは「南部のアテネ」と言われている 4/10/2016

エレクティオン    

エレクティオンはアテネとポセイドンとギリシャの英雄「エレクトニウス」に捧げられた神殿 BC5C末に完成  高低差のある地盤の上に建てられ 4 区画の構造で複雑になっている 

カリュアティド    古代ギリシャ建築で柱としてエンタブラチャを支える女性像 を言い  エレクティオンが最も有名   因みに男性像は「アトラント」 と呼ばれる(BC415年頃)

  ペルシャ戦役の際敵側のペルシャにくみして 奴隷とされたペロポネソスの一国「カリュアイ」の少女たちに由来 これはレプリカです 

 ケクロプス王(初代王エレクテウスの子)がアテナの守護神を決めるにあたり ポセイドンとアテナが競う  ポセイドンはトライデントで岩を突きエレクテウスの海をつくり  アテナは槍で地面を突き実を付けたオリーブの木をだした  王はアテナ神を選んだということで オリーブの木が植わっている

 エレクトニウスはアテネ3代目の王   ヘパイストスの精液がアテナの太腿にかかり アテナが毛皮で拭いて捨てたところ  ガイアが受け止めてエレクトニウスが生まれたという伝説がのこる

 アテナに愛されアテネの国を治めていた

王は足が悪かったが 戦車を乗り回し 戦いのときは一番に敵陣に切込み大活躍をした

このため「御者座」はエレクトニウスが馬でひいた戦車を操る姿だと言われる

           アテナ   14/10/2016


アタロスの柱廊(古代アゴラ博物館) 長さ115m


古代ギリシャ美術は  先史時代(BC31~BC12C)・  アルカイック期(BC800~BC500)・   古典期(BC500~BC330)・ヘレニズム期(BC330~AD31)に分けられる

クーロス像   アルカイック期

クーロス(青年)像には共通して「アルカイック・スマイル」と言われるどくとくの微笑が表現されている   国立考古学博物館

黄金のマスク 他 ミケーネ出土  国立考古学博物館

スフィンクス像    スパルタ  アッティカ   アルカイック期


馬にのる少年    左手は手綱 右手は鞭 が想像される 顔にはしわが入り   苦痛と激情が見える ヘレニズム期                 BC140   

ゼウス or ポセイドン  のブロンズ像  古典期 BC460頃


右に座っているのはアスクレピオス            エピダウロス出土  (BC4Cの摸刻)BC1C

ニケの像    エピダウロスのアルテミス神殿出土

左足を前に 衣は後ろに波打つ BC4C


マラトンの少年像 アッティカ のマラトン沖で発見される  頭の葉っぱの冠から競技の勝者と思われる 見つめる左手は修復されるが何があったかは不明  BC340頃   古典期   後期  

 

アンティキセラの青年               メドゥーサの首を持つペルセウスと考えられてきたが   アフロディーテに扮装のリンゴを渡そうとするパリスと見なされている    BC340~BC330  古典期 後期


ミロス島のポセイドン像     BC130年頃

ミロス島で発見される ヘレニズム期の代表作

右足後ろにはイルカを従えている  右手には三叉の鉾を持っていたと思われる

国立考古学博物館内 アトリウムのサロン